耳を傾ける

おおよそ社会では年齢を重ねるごとに、周囲は意見を言ってくれなくなっていきます。子供のころはあれほど「勉強しなさい」「何々するときは気をつけなさい」「早く帰ってきなさい」などなど親や先生やいろんな人から意見を言われてきましたが。大人になり、しかも、社長や経営陣になどなろうものなら、もはやほとんどの人は意見を言ってくれなくなります。

うるさいことを言われずうらやましい・・・と子供には言われそうですけど(笑 なかなか寂しいことだと思いませんか?そうなってしまうのはもちろん仕方のないことですが、少しでも意見を引き出すためにはやはり謙虚になるということが大事ですよね。例え、新人であろうが何か意見をしてくれた際には耳を傾け聞く姿勢、それがあれば、裸の王様にならずに済むかもしれません。

以前、雑誌の記事である大物俳優さんのことが書かれていました。その俳優さんは「東海道中膝栗毛」を演じることになったそうです。やじさんきたさんが出てくる旅物語ですね。衣装に着替えて出番を待つ際に、付き人の人から「先生、ひもが緩んでますよ」と言われたそうです。俳優さんは「気が付いてくれてありがとう」と伝えてひもを縛り、舞台に上がる直前にまたひもを緩めて舞台に出ていったそうです。つまり、長い旅の道中で緩んでしまったという演出だったのでしょう。

なんでそのことを付き人に言わなかったんですか?と問われると、もし私がそんなことを言ってしまったら、彼は「きっと先生のことだから何か考えがあってのことに違いない」ということで、二度と私に意見してくれなくなってしまう。といったそうです。人の意見を引き出すってそういう気持ちが必要なんだなと気付きをいただきました。

自己肯定感

エージェントゲートで働く人には一様に感じて欲しいものがあります。それは「自己肯定感」です。自己肯定感とは「自分には価値がある」「自分は愛されている」というように自分の存在を前向きに受け止める感情のことです。

日本はこの自己肯定感が世界と比較して非常に低いと言われています。自分に満足していると感じているのはアメリカやフランス、ドイツ、イギリスなどでは普通に8割を超えていますが、日本ではわずか45%ぐらいといわれています。また、自分には長所があると考えている割合も欧米では9割を超えているのに対して、日本では7割にも達していません。自己肯定感が高い人は、自分のことを大切に思い、周囲からも大事にされていると感じているため、失敗よりも成功を強く意識して前向きにチャレンジしたり、壁にぶつかっても立ち向かっていくことができます。また、人と積極的に関わり、他者や環境を受け入れ、良好な人間関係を築いていける傾向にあるようです。

仲間にはこの自己肯定感を感じながら働いて欲しいと強く考えています。そのために会社で褒めることを推進しています。褒められることで、自己肯定感が育つからです。しかし、褒め方には二種類あります。一つは「条件褒め」と言われるもので、なにかうまくいったときなどに褒める褒め方です。これはよくある褒め方ですが、この褒め方では自己肯定感は大きく育成されません。二つ目の「無条件褒め」と言われる、存在そのものを褒めることで大きく育成されます。

株式会社は利益を追求する存在なので、親のように無条件に褒めるというのは非常に難しいことです。しかし、数ある会社の中で同じ会社で働いていることへの感謝を込めてエージェントゲートでは存在そのものを褒めてあげたいと考えています。

 

サニーサイドに注目する

人には誰でも得意なことと不得意なことがあります。もっと言えば、できることとできないことがあります。私は管理をするのもされるのも苦手ですし、整理整頓にいたってはできません・・・そのかわりに人には思いつかないようなアイデアを考え出したりすることができます。

障碍者といわれる人も実は同じです。私の友人はものを視覚的にとらえることができないかわりに、触覚が私とは比較にならないほど優れています。点字ができるだけではなく、今治のタオルメーカーとコンサルティング契約をしてタオルの肌触りや水の吸い取り具合などをアドバイスする仕事をしています。そして、そのタオルは伊勢丹で最も売れるタオルになっているようです。

つまり、視覚障碍の彼はできないことも目立つ分、できることもものすごく突出しているのです。しかし、社会は目が見えないという部分だけに注目しすぎではないでしょうか?彼だけではなく、世の中の人たちのサニーサイドに注目してその個性を活かして、その人にしかできない仕事をできるようにするのがエージェントゲートのミッションです。

全ての人や物にはサニーサイドが必ず存在しています(と信じています)。まずはそこに目を向けられる人間になりたいです。

任せ上手

エージェントゲートの代表である緑川に私はいろいろな仕事を任されることが多いです。彼は人にものを頼むのが非常に上手だと私は思う。いわゆる任せ上手な上司である。

人に何かを任せる時に最も大事なことは何だろう?それは、任せるもの(仕事)がいかに面白く、いかに重要であるかを伝えることではないだろうか?面白くも重要でもないことを任せるというのは、単純に自分がやりたくないことを人に押し付けているだけの行為になる。緑川に何かを依頼されるとき、私は気が付けば「それ、面白そうですね」と言ってしまっている(笑

そして、任せた以上、報告は定期的には求めるがこちらの判断や決定に口をはさむことはあまりない。もし何か考えがあるのなら、最初から方針は伝えその方針からずれていないのであれば、細かな判断はこちらの裁量に任せてくれる。自分もそのような形で仕事を任せたいものだと思いますが、なかなかうまくできていないと日々反省します。

任せることとまるぶりは違うとよく言われます。任せた仕事に熱意を持って取り組んでもらい、その仕事を通じて成長をしてもらうためにも、私が任せ上手にならなくてはいけないなと痛感します。

エージェントゲートの新メディア「キャリチェン」

エージェントゲートでは12月から新しいメディア「キャリチェン」をスタートさせました。キャリチェンとは読んで字のごとくキャリアチェンジのことで、主に女性を中心としてキャリアチェンジを応援するメディアになります。

まだ、始めたばかりでコンテンツがありませんが。今後はキャリアチェンジをした先輩たちの生の声をご紹介したり。キャリアチェンジを推進している企業の経営者や人事担当者のインタビューをどんどんご紹介していく予定です。

また、ちょっとユニークなキャリアチェンジをした人も取り上げていきます。とにもかくにも・・・エージェントゲートの新メディア「キャリチェン」の今後にご期待ください!!

自立する

エージェントゲートの社員として求められることの一つとして自立した存在になるということがあります。

自分の人生は自分次第、自分がどう考えて、どう行動するかで幸せにもなれるしどんな事でも可能になるはずだとエージェントゲートでは考えています。自分の人生という車を自分で運転するのか、タクシーのように人に運転を任せるのか。皆さんはどちらですか?

周りに何でも期待して「ああして欲しい」「こうして欲しい」と考え始めると、どんどん人に依存してしまいます。自分以外の人が自分の期待に100%答えてくれることなど基本的にはありません。偶然、そんなことがあったとしても、永遠に続くものではありません。すると、どうしても期待を裏切られたという感情をもってしまうのではないでしょうか?

依存は不満となって自分に戻ってくるということでしょう。昔から「過去と他人は変えられない、変えられるのは未来と自分だけ」といいます。周りを信頼して、自分に期待してみるのもいいものです。

自分の行動で周りの人たちを変えていけるような、自立した同志をエージェントゲートはどんどん排出していきたいです。

応援する

人は人を応援すると元気になるとよく言われます。松岡修造さんを見ていても何となくわかる気がします(笑

以前、除染に関するお仕事をしていた時、ボランティアで福島にいって実際の除染作業のお手伝いをしたことがあります。具体的には田んぼの草を刈り取ったり、山の落ち葉を拾い集めたりするんですが・・・国の規定で作業者は宇宙服のような放射線の防護服を着なくてはいけませんでした。さらにはマスクとメガネもするので完全防護のような状態で作業を行います。

作業していると、自分の脇を全く普通の服を着ている子供たちが通学していきます。中には「ありがとうございます」と声をかけてくれる子もいます。自分たちだけ放射線防護服を着てとても複雑な気持ちになりました。県外のボランティアなんて本当に少人数だし、期間も短いです。私としては県外からもこうして応援してくれる人もいる、自分たちも頑張らなくてはいけないなと福島の人が思ってくれたらいいなという気持ちで参加したのですが。子供だけでなく、道行く人たちが声をかけてくださり、逆に自分が応援されている気持になりました。

元氣になってもらいたくて参加して、自分が一番元気をもらったんです。人を応援すると自分が元気になるというのはこういうことなんだと実感しました。

環境変化

私は障碍を持った友人がたくさんいます。皆さんはいかがですか?車いすの友人、視覚聴覚に障碍がある友人などいらっしゃいますか?いままでは社会が僕らを分断してきたので、なかなか交流がありませんでしたが、これからはインクルーシブ(包含)社会がやってくるとエージェントゲートは考えています。だからこそ、私たちは「一人一人が個性を発揮し、輝いて働く社会を実現する」というビジョンを掲げているのです。

ダイアログインザダークというイベントがあります。私がいったのはもう10年ほど前になりますが。真っ暗闇の中で公園やうちの中や喫茶店のセットがあり、その中を移動しながらお茶を飲んだりするというイベントです。同時にその場で初めて会った方々6名ほどで参加します。アテンドをしてくれるのは視覚障碍を持った方が行います。暗闇の中、みんな杖をつきながら恐る恐る歩を進めます。なぜか意味ものなくひそひそ声になったりするんですが。その中で一人だけものすごく元気な声で話し、ぐんぐん進んでいく人がいます。「みんなこっちこっち」「噴水があるよ!!」とみんなを引っ張ってくれます。

そう、その人こそ視覚障碍のアテンダントさんです。それはそうですよね。彼女は普段の生活と何も変わらないのですから。夜には電気をつけ、私たちは自分たちが暮らしやすいように環境を変えてきました。その環境が変われば、今度は私たちが何もできなくなるんだと痛感しました。これからやってくるインクルーシブな社会に向けて、それぞれが生きやすい/働きやすい環境をととのえていくのが私たちのミッションです。

魚の釣り方を教える

私は10年ほど前に上海にしばらくいたことがあります。上海ではタクシーの初乗りが180円ぐらいで(記憶違いだったらすみません、汗)安かったので、移動はほぼタクシーで行っていました。

タクシーで大通りを走っていて、信号待ちをしていると。交差点から手がなかったり、目が不自由な物乞いの子供たちが車に集まってきます。運転手さんが「あっちにいけ」みたいにすると、次の車に行って物乞いを繰り返します。私は手元にあった小銭を集めて渡そうとしたところ、現地のスタッフに止められました。そして、彼から「あの子供たちはもともと体が不自由だったわけではなく、健康では物乞いできないので、親が目をつぶしたり、手を切ったりするのだと」聞きました。あまりの衝撃に絶句しました。まさかそんなことがあるのかと・・・自分の子供の目をつぶしたり、手を切ったり。

中国の現実に衝撃を受けつつ、更に、その物乞いというモデルを産み出しているのはお金をあげてしまう私にもあるという事実に心からぞっとして涙が止まりませんでした。そう、お金をあげる人がいなければ、物乞いはいなくなるのです。お金はもらうのではなく、働いて誰かの役に立つことで初めて受け取るものなんだと改めて感じました。

「魚をあげるのではなく、魚の釣り方を教えなければだめ」とよく聞きます。自立しなければ本当の幸せを手に入れることはできないということでしょう。

母の思い出

私の母は10年ほど前に他界しました。3か月ベッドで寝たきりで過ごし、最後の1週間ぐらいは脳梗塞で意識がなくなりました。私の誕生日が終わって5分後に息を引き取ったのですが「息子の誕生日と自分の命日を一緒にさせたくなかったのではないか・・母親ってすごいな」と感じたものです。

意識のなくなる前に、実は母から携帯電話のことで相談がありました。脳梗塞の予兆がきっとあったのでしょう、うまく携帯が使えないので、使いやすい携帯が欲しいという相談でした。翌日、これが一番使いやすいのではないかという「楽々フォン」を買ってきて母にプレゼントしました。しかし、それでもうまく使えないようで・・もっと使いやすいのはないかと聞かれ。「これ以上使いやすいものはない。これで無理ならもうあきらめろ」と言ってしまいました。その翌日、母は意識を失いました。つまり、母と最期に交わした会話がこんな内容になってしまったのです。

今でもその時のことは鮮明に覚えています。きっと死ぬまで忘れることはないでしょう。後悔してもしきれない思い出です。誰もがなんとなく、明日は必ずやってくるという勘違いをしているのではないでしょうか?私はこのことで「母だけでなく、全ての人は明日の健康を保証されていない」ということを痛感しました。

だからこそ、いつかやりたいと思っていることは今やるべきだと考えています。母が命をもって教えてくれた教訓です。